専門家インタビュー アスレティックトレーナー 中村千秋先生<3>
【子どもとスポーツの関わり方】
Q:年代別における、理想とされるスポーツとの関わり方について教えてください。
A:競技によっては若年でパフォーマンスがピークに達するものもあります。たとえば、体操競技やフィギュアスケートなどがそれです。
それらの競技では次に示す「一般論」は必ずしも当てはまらないかもしれません。
・小学生:
運動神経すなわち上手に動けるようになるための神経家の発達が著しい時期です。
器用さを身につけるのに最も重要な時期です。また、この時期にはできるだけ多様なスポーツ種目やスポーツとはいえないような身体活動に参加し、あらゆるタイプの動きを獲得するのが望ましいと思います。
また、高学年になると成長がスパートする子供たちも増えるので、同じ動きばかりを繰り返すとオーバーユースになる可能性が高くなります。
女子では初潮を迎えるのもこの時期なので、強度の高すぎる運動は避けるべきだと思います。競技性は強くないかあるいは全く無くても良いと思います。
・中学生:
心肺機能が発達する時期なので、練習時間や頻度は少し長くなってもかまわないと思いますが、年間を通して同じ種目だけに参加するのではなく、複数の種目を楽しむのが良いと思います。
その中で自分の特性に合った種目を絞り込んではどうでしょうか。この時期には骨格の成長が止まり始めますので、ここでオーバーユースを起こすと一生の問題として抱えるケースもありますから注意が必要です。
練習の強度と長さはほどほどにし、休息を十分にとり、スポーツの本質(フェア、尊重、助け合い)を理解させるのがこの時期かと思います。
・高校生:高校生では競技性はいっそう高くなり、専門種目の選択も進みますが、やはりこの時期に年間を通して同一種目のスポーツだけを行うのは良くないのではと考えています。
この時期には筋力や他の身体機能が成人のレベルに向けて発達するので、まんべんなく身体の諸機能を使うために、複数種目のスポーツを経験することが望ましいと考えていますし、できれば長いシーズンオフをとってその間に筋力や持久力などの基本的な能力を十分に鍛えるべきでしょう。
競技性(勝敗)があまりに高いのは良くないと思います。
・大学生:大学生とはいえまだまだ成熟しきるところまでは到達しません。スポーツ種目は1つに絞ってもいいと思いますが、できれば複数のスポーツを、年間を通して行うのが理想的です。
また、十分に長いシーズンオフをとって専門性の高いコンディショニングプログラムで筋力や柔軟性、持久力などを鍛えるべきです。
Q:やはり高校生くらいまでは「色んな」スポーツに関わるべきだと思われますか?
A:実はこれは難しくて・・・。身体能力の向上、ということを言えば、高校生くらいまでは色んな種目をするべきだ、とは思います。
なのですが、トップレベルの選手(オリンピックやプロの選手)になるには、やはり専門的なスキルを伸ばすためにも、必然的にその種目に集中的に参加する必要があることも否めません。
これは科学的な検証も今後していくべきだと思いますね。
同じような身体能力を持った子どもを対象に、色んなスポーツを経験した子と、1つのスポーツをとことん追求した子、最終的に20歳くらいでどちらが優れているのか?と。
1つのスポーツを追求し続けた場合、そのスポーツのスキルは上がるかもしれない、でも、その子の本当の能力はどこにあるのか?その子に最も適しているスポーツは何なのか?という事を見極めるには、色んなスポーツをしてみたいと分からないですよね。
たまたま近くにスクールがあったから、とか、兄弟がやっていたから、というのが多くのきっかけですよね。
早稲田の学生でスポーツをやってきた子でも、「他のスポーツもやってみたかった」、とか、「自分は違うスポーツの方があっているのでは?と思ってた・・・」という声はよく聞きますしね。
だけど、やるチャンスがなかった、と。
まずはそのチャンスを子どもたちに与えてあげる、ということが今の日本のスポーツや学校での部活動には必要なのでは?と思います。
教育者も、そして保護者の方も、広い視野を持って、子どもたちにより多くのチャンスを与えてあげるべきなのではないでしょうか?
小学校の時はサッカーをやっていたけれど、中学では野球をやってそっちの方が面白かった!と感じる子もいるでしょうし、中学では陸上だったけれど、コーチも厳しく、チームの雰囲気もイマイチだった、でも、高校でラグビーをやったらチームメイトや指導者に恵まれて、スポーツの楽しさを知った!という子だっているわけです。
子どもの選択を尊重してあげる、ということ、親も、このスポーツじゃなきゃダメ!というのではなく、色んな経験が子どもにとっては必要なんだ、ということを理解するべきでしょう。
【トレーナー不在の現場において】
Q:トレーナーのいないスポーツ現場では、ケガの対応はコーチや保護者が基本対応していると思います。万が一に備えて身につけておいてほしいスキルや知識、事前に準備しておくべきことはなんでしょう?
A: アメリカでは全てのコーチにファーストエイドとCPRの受講(毎年シーズン初めに受講)が義務つけられています。日本でもそうあるべきです。
事前の準備としては、
①関わっているスポーツ種目のケガの統計を調べます。
②発生頻度の多いケガについては発生のメカニズム、症状や徴候、そして応急処置方法を予習しておきます。
③遠征や合宿に当たっては最寄りの病院の名前、電話番号、診療科目、休診日などをあらかじめ調べておけば、大きなケガが発生した際にも慌てなくてすみます。
①②③を徹底することでずいぶんと安心感が得られます。
また、一度資料を作成しておけば、あとはリバイスをかけるだけなので簡単ですし、それがそのチームの財産にもなります。
Q:EAP(エマージェンシーアクションプラン)にはどのようなことを記載されていますか?
A:EAPで大切なのはエマージェンシー発生時における各人の役割分担です。
誰が選手の安全を確保し、誰が119番通報し、誰が病院帯同をするか、あるいは誰がCPRをするのかなどです。
また、練習やゲーム場所近くの病院やその診療科目、診療時間、電話番号や経路なども大切な情報です。
【スポーツ現場での安全管理について】
Q:選手の安全管理、という点で参考になるところが多くあるかと思うので、早稲田大学での取り組みをご紹介ください。
A:特殊なことは何もやっていないような気がします。少なくとも私が先頭に立ってやっていることはありません。
ただ、学生たちは授業や講習会、本や雑誌で学んだことを部活動にそれぞれが取り込んでいるようです。新入生やシーズン初めのメディカルチェック、ウオームアップ、ストレッチング、アイシング、ファンクショナルトレーニングなどはその良い例です。
教員は学生からの質問に答えたり、ちょっとしたアドバイスをしたりする程度です。
Q:新入部員におけるメディカルチェックや、選手の定期チェックなどは行いますか?具体的にどのようなことを行うのでしょう?
A:メディカルチェックの内容は部活動によって異なると思いますが、今では多くの部でメディカルチェックをしています。
問診に始まって身長や体重、身体組成、関節可動域、筋力、柔軟性などが基本的な項目です。
部によっては教員の協力ものとでDEXAやMRIを使ってメディカルチェックをしています。
Q:学生トレーナーにまず伝えることは何ですか?また最初に身につけさせるべきスキルや知識は何でしょう?
A:適切な服装、挨拶、そしてメールの出し方(打ち方)です。
これらが伝えるスキルと知識です。強いていえば解剖学は勉強しなさいと言います。
スキルで重要なのはテーピングテクニックでしょうか。クラシカルですが最初に習得すると良いと思います。
Q:でもその前に、礼儀、なんですね。
A:そうです。トレーナーとして必要なのは、まず人としての最低限の礼儀ができるかどうか、ということです。
特に、現在はコミュニケーションツールとしてメールが主ですから、その書き方を教えることから始まります(笑)。
Q:先生が教えるんですか?
A:だって、ほとんどの子が「正しい」メールの出し方を大学に入るまでに教わらないんですよ!やるしかありません!(笑)
Q:例えばどんなメールが来ますか?
A:件名もない、あて名もない、なんてざらですね。「~を欠席しますのでよろしくお願いします。」だけ、なんてね。
まず、誰からも名乗っていないので、「誰?」となりますね。そして、中村千秋先生へ、というものもないので、私宛に送られてメールなのかどうか、すらもよく分からない。
そして、「何がよろしくなの?」って、もうびっくりです。
Q:それは誰の責任でしょう?
A:高校卒業までに、そういう機会がまず子供たちにない、のでしょうね。親もわざわざ教えないでしょう?友達同士でのやり取りが主なのでしょうし。
でも、教えればできるようになりますよ(笑)。要は、教えてくれる誰かに巡り合えるかどうか、なのではないでしょうか?
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